私がボストンのバイオベンチャーで働いて気づいた3つのこと

キャリア

私はハーバード大学医学部で最初はポスドクとして働き、その後に講師に昇進しました。研究も順調に進んでいたのですが、前回の記事で書いたようにアカデミアのキャリアパスを断念しました。その後は現地の創薬バイオベンチャー(以下スタートアップ)に転職しています。

このような質問をよくいただきます。

ボストンのスタートアップで働いてみた感想は?

今回の記事では、この質問にお答えます。

最先端の研究ができる

研究職に限って言えば、スタートアップでもアカデミアの一流ラボと遜色ない素晴らしい研究をすることができます。

私の会社は比較的新しく発見された分子に注目して創薬研究を行なっています。この分子の機能がまだまだ不明なこともあり、機能解析、構造解析、組織の発現プロファイルの理解などバイオロジーの基礎的な研究を行いながら、この分子に対する創薬スクリーニングなどを行なっています。

私はスタートアップでの仕事はアカデミアの仕事にも共通する点があると思います。

アカデミアでは

仮説を立てる → 政府からグラントを獲得する → 実験をして結果を出す → 論文を書く

スタートアップでは

アイデアを出す → 投資家から資金を調達する → 実験をして薬を作る → 特許を書く

自分の仮説やアイデアからお金をもらって実験をして成果を残す、似ていると思いませんか?

私が一番驚いたのは、Scientific Advisorと密にコミュニケーションをして研究を進めていくというスタイルでした。Scientific Advisorとはその名の通り、科学に対するアドバイザーのことです。多くはKOL(Key Opinion Leader)と呼ばれるある分野でのプロフェッショナルのことで、アカデミアの教授などの重要人物のことを指します。

キーストンミーティングやゴードンカンファレンス等の有名な学会でキーノートスピーカーとして招待講演をしている人物を想像してもらえばわかりやすいと思います。例えばiPS細胞の研究をしているなら、山中伸弥教授のような分野ごとでの超一流研究者です。

私がアカデミアで研究をしていた時には、そのような研究者の発表を聞く機会はありましたが、直接ディスカッションする機会は皆無でした。当然ながらそのような一流研究者は非常に忙しく、私のような普通の研究者と話をする時間などありません。

しかし、スタートアップで働いてからはアカデミア有名教授陣であるScientific Advisorと定期的にミーティングの機会が設けられ、研究に関するアドバイスをもらったり直接ディスカッションすることができます。Scientific Advisorが持っている情報は非常に有益かつ速報性があり、皮肉にも私がアカデミアにいた時よりも良い情報が早く得られます。

また、ボストンにはスタートアップが無数にあるので、それらの受け入れ体制がよく整っています。初期の段階のベンチャーを支援するためのインキュベーターやアクセラレータープログラムも豊富なので、イノベーションを生む環境が出来上がっています。

LabCentralBioLabsなどのシェアラボもたくさんあり、最先端の実験機器設備を使って研究をすることができます。

バイオテック業界は資金が豊富

あなたは National Institutes of Health (NIH) やバイオテックの業界にどの程度の資金があるかご存知でしょうか?

私がアカデミアにいた時は全く知りませんでした(というか興味がなかったし、時間がなかった)。BioSpaceのこの記事とNIHのサイトを参考にしてグラフにしてみました。

2020年における

NIHの政府からの予算は                $41.68 billion

バイオテック業界の資金は            $23.2 billion

2019年のバイオテック業界の資金が$17.2 billionであったことを考えると、急激に資金が流入しているのがわかります。このままいくと、やがてバイオテック業界の資金がNIHの研究費より多くなりそうですね。

良い研究をするにはお金が必要です。これは1点目の“最先端の研究ができる“ことにもつながっています。

例えば、Single-cell RNA-sequence (scRNA-seq)やMass cytometry (CyTOF)などで細胞や組織を網羅的に解析すればより多くの情報が得られます。これらは最先端の技術なので機器自体が非常に高価ですし、その解析も専門のデータサイエンティストを雇う必要があるかも知れません。

また、マウスなどの哺乳動物モデルを使った実験データは細胞のみを使った実験データよりエビデンスが高くなるでしょう。しかし、遺伝子改変マウスは作成が高コストですし、それら飼育費用も考えなければいけません。

アカデミアでこれらの実験ができなければ(少なくとも私の専門分野では)、新しいデータが取れず質の高い論文を出すことは難しいでしょう。

ビジネスで研究をする場合も同じです。投資家からの多くの資金を調達しなければエビデンスのあるデータが取れませんし、新薬開発は難しいでしょう。

別の見方をすれば、資金のある環境に身を置くことで、より質の高い研究ができる可能性があります。

ワークライフバランスの充実

スタートアップってブラックな会社とか多いんじゃない?ワークライフバランスが良くないじゃ…そんな不安を私も持っていました。

しかし、実際は全くそんなことはありません。

スタートアップでは、企業の成果が個人の能力に大きく左右されます。10人以下の従業員で創薬研究をしている会社もたくさんありますので、一人一人が優秀でないと会社が存続できません。

優秀な人材は常に待遇の良い企業を求めています。企業が優秀な従業員を満足させることができなければどうなるでしょう?その人たちはその企業をやめて、もっと環境の良い別の職場に転職してしまいます。

特にヒトが資本の大きな割合を占めるスタートアップでは、どの企業も優秀な人材を必死に探しているので、従業員のワークライフバランスを充実させるために非常にうまくマネージメントしているのです。

給与に関しても、アカデミアと比較するとスタートアップを含めた民間企業の給与の方が高い傾向にあります。

給与に関しては前回の記事も参考にしてください。

The Scientistの記事によれば、2017年の平均年収は以下になっています。

アカデミアの平均年収:86,021ドル

アカデミアは最も高給な大学の教授の平均年収153,403ドルも含めた数字です。そのうちポスドクは平均年収50,714ドルとなっています。

民間企業の平均年収:125,937ドル

民間企業の詳細は不明ですが、LinkedInのデータではアメリカの一般的なPhDサイエンティストの年収中央値は100,400ドルとなっています。

つまり、アメリカではアカデミアのポスドクと民間企業のサイエンティストでは同じPhDを持った研究者であるにも関わらず給与に約2倍の差があることになります。

スタートアップは大きな製薬企業と比較すると、不安定で給与も少ないのでは?思っていましたが、実際はそんなことはなくほとんど同じです。年末のボーナスも成績に応じてきちんと支給されます。ただし、福利厚生に関しては大企業の方が良い印象があります。

加えて、ストックオプションがもらえます。一般的にスタートアップ初期の一株あたりの価値はとても低いので、会社が成功すれば莫大な利益を生み出す可能性があります。その反面、Investopediaによるとスタートアップの50%は5年以内に潰れてしまうことから、ハイリスク、ハイリターンではあります。

最後に

いかがでしたでしょうか?

以上3つ、私がスタートアップへ転職をして気づいたこと、感じたことです(とりあえずパッと思いついたことで、他にもあるのでいつか記事にします)。

何より、働いていて楽しい!

いっしょに働くメンバーが超優秀で、常に新しい学びがあります。研究だけでなく、スタートアップではビジネスを含めた創薬研究の一連の流れを理解することができます。これらの経験は製薬業界でのキャリアアップにもつながりますし、将来自分で起業することができるかも知れません。

研究者の皆さん、スタートアップへの転職を考慮してみてはいかがでしょう?

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