日本と比較してアメリカの医療費が高いということはみなさん知っているかもしれません。新薬も例外ではなく、中には1回2億円以上もするなんて薬もあります。
なぜアメリカの薬の値段は高いのでしょうか?
創薬研究者の私がいろいろ調べてみたのでブログの記事にしてみました。
アメリカの薬の値段を比較
私はよくCVS(アメリカのドラッグストアチェーン)に行って買い物をします。ハンドソープ、子供のオムツからソフトドリンクやスナックまで幅広く取り揃えがあって便利ですよね。メールアドレスを登録すれば割引クーポンまでもらえて、私たち庶民の味方です。
以前、頭が痛くなって痛み止め(アスピリン)を調べたらその値段は14.99ドルでした(単純に1ドル=100円で計算すると1499円)。このCVSブランドのアスピリンは365個も入っているので1粒あたり0.41セントとコスパがいいですね。
しかも!!クーポンを使うとなんと2個目が50%オフです(笑)
こうして見てみると、全ての薬が高いわけではないですね。他の薬も調べてみましょう。
ギリアド・サイエンシズ社が開発したC型肝炎治療薬にSovaldiというものがあります。Sovaldiが開発されるまではC型肝炎の完治が困難でしたが、この薬を1日1タブレット(400mg)毎日12週間飲み続けるとほとんどの場合はC型肝炎ウイルスが完全に除去されて完治します。
非常に画期的な新薬ですが、Sovaldiのお値段は84,000ドルです。(単純に1ドル=100円で計算すると840万円)毎日12週間飲み続けないといけないので、1タブレット1000ドルですね。
これは、、、高いですよね。貯金を切り崩せば買えないことはないかもしれませんが、高級車が1台買えそうです。
他の薬も見てみましょう。
ノバルティス社が開発した脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy: SMA)に対する遺伝子治療薬にZolgensmaというものがあります。
SMAはアメリカでは約1万人に1人しか影響がないとされている希少な遺伝子疾患で運動ニューロンの変性、筋萎縮などが起こり、自分の力で座ったり歩いたりすることが困難となります。人工呼吸器の補助がなければ生まれて2年以内に死亡するケースもあります。
ZolgensmaはAdeno-associated virus 9 (AAV9)というウイルスを利用した遺伝子治療用ウイルスベクター製品で、一回のみの治療です。投与後は嚥下能力の改善が見られる、自分で座れるようになる、人工呼吸機が不要になる、などSMA に対して劇的な効果のある新薬です。
ただし、そのお値段は2,100,000ドルです。(単純に1ドル=100円で計算すると2億1,000万円!)
これは、、、衝撃ですよね。これは現在で最も高価な薬となっています。私は一生働いても買えないかもしれません(泣)。
興味深いことに、フォーブスの記事によるとZolgensmaは“コスパがいい薬“みたいです。
ここでいくつか疑問が出てきます。
- なぜ同じ薬でもこんなに値段の差があるのでしょうか?
- なぜ2億1,000万円のZolgensmaは“コスパがいい薬”なのでしょうか?
これらについてもう少し見ていきましょう。
なぜ同じ薬でもこんなに値段の差があるのか?
なぜアスピリンのような安い薬と数百万円〜2億円もする高額な薬があるのでしょうか?
この一つの答えは、特許がまだ有効な新薬か、もしくは特許が切れた古い薬かという点にあります。
製薬会社が新薬を開発した場合、20年間特許が有効です。(これは特許申請してからなので、製薬会社が実際に販売してからは大体10〜15年程度)
Wikipediaによると、アスピリンは1899年にバイエル薬品が特許を取ったみたいですね。アスピリンが古くからある薬で特許が切れているため、どの製薬会社でも販売ができます。そのため価格競争で自然と価格が下がり、格安で薬を購入できます。
“ジェネリック医薬品“という言葉を聞いたことがあるかもしれません。新薬の特許が切れた後は、どの会社でも同じ有効成分で作られた医薬品を販売することができます。すでに作り方がわかっているので、研究開発費もそれほどかからず価格も安くできます。
しかし、SovaldiやZolgensmaは比較的新しい薬なのでこの特許がまだ有効です。
例えば、Sovaldi の特許は2029年まで続くので、それまではギリアド・サイエンシズ社が独占してこのC型肝炎の薬を製造、販売できるのです。
アメリカでは製薬企業が開発した新薬の値段を決めることができます。一度新薬を開発して特許を取ると高価な薬を独占して販売できるため、大きなリターンが長期間に期待できます。
このように、特許の有無が薬の価格に大きく影響するのです。
なぜ2億1,000万円のZolgensmaはコスパがいい薬なのか?
私にはノバルティス社がZolgensmaの価格をどのように設定したかの詳細はわかりませんが、2つの視点から見てみましょう。
Value of a statistical life (VSL)という理論値
VSLは死ぬリスクを減らすためにいくら支払うかを算出した理論値です。簡単に言うと、人の命の価値を数値化したものです。アメリカでの2017年時点でのVSLは$10,000,000(単純に1ドル=100円で計算すると10億円)となっています。
つまり、経済学的な観点からは人間は一人10億円程度の価値があると決まっているんです。(人の価値を決めるとは何てことだ!私にはもっと価値がある!!と思うかもしれませんが、あくまで経済学的に算出した理論値です。)
なので、まずはこのVSLより薬の価格が高くなることはないと考えることができると思います。
実際、
人間の価値=10億円 > ノバルティス社のZolgensma=2億1,000万円
となっており、Zolgensmaは人間の価値の5分の1程度しかありません。
Zolgensmaがない場合どれだけの医療費を払う必要があるか
SMAの患者さんは車椅子、人工呼吸器など病気に関連した医療費が毎日発生します。アメリカでは医療費が高いのでこれらの費用は無視できません。
また、現在の治療薬としてバイオジェン社が販売しているSpinrazaという薬があります。これは核酸医薬品でZolgensmaと異なり一生使い続けなければなりません。初年度の投与で750,000ドル、その後は毎年375,000ドルがかかります。
そのため、数年から数十年というスパンで考えた場合、Zolgensmaを使って治療を行った方が病気に伴う医療費が安くなります。
これらを総合的に考えると、Zolgensma の2億1,000万円でもその価値があり、 “コスパがいい薬”という見方ができるかもしれません。
最後に
いかがでしたでしょうか?今回はアメリカの薬の価格についてでした。
新薬は非常に高額ですが、ビジネスなので製薬会社が存続するためには利益を上げなればいけません。画期的な新薬を開発するには多額の研究開発費が必要でし、失敗するリスクも高いのです。
新薬の価格設定は複雑で、どのように決めればいいか?に対する明確な答えはないかもしれません。製薬企業だけでなく、政府、保険会社が協議して、患者さんが必要な薬を無理なく買えるように議論を進めていくことが大切ですね。