こんにちは、ボストンのバイオテックスタートアップで働いているボスサラです。
私は博士取得後8年間アカデミアで研究をやっていて、当時は他のことに気を取られる時間もなく、アカデミアのキャリアのみを考えて実験をしていました。
今になってみると、もっと早く他の道もあることに気付いておけばよかったと思います。
私にはアカデミアのメンターしかいなかったので、アカデミア以外のキャリアパスについて知る機会があまりなかったのかもしれません。
バイオ系の博士号を取ったけど、キャリアパスどうしよう…?
バイオテックスタートアップへの就職ってどうなの?
今回、昔の私と同じような環境にあるアカデミアのポスドクや博士号取得前の大学院生に向けて、バイオテックスタートアップの魅力と最近のトレンドをお伝えします。
この記事を読むことで、私がバイオテックスタートアップで働く理由もわかると思います。
近年、バイオテックスタートアップへの投資額は急激に増えている
まず一つ目に、バイオテックスタートアップがVC (Venture Capital = 投資会社)からどれだけお金を集めているのかを見てみましょう。
2011年から2020年の10年間におけるバイオテックスタートアップへの投資額を図1に示します。1)
VCの投資金額自体も大事ですが、ここではトレンドに注目しましょう。縦軸がアメリカドルベースでの資金の調達額(=Amount raised)となっていますが、2011年から2020年にかけてすごい勢いで増加していることがわかります。(実に7倍以上!)
2020年では約23 billion dollars(現在の1ドル=115円で計算すると約2.6兆円)となっており、このデータから最近は小さなバイオテックスタートアップに資金が集まっていることがわかります。
イノベーティブな研究には当然資金が必要なので、集まった資金は主に研究開発の費用に使われます。
研究開発の場所、最新の機器、必要な試薬など、バイオテックスタートアップの運営には高いコストがかかりますが、競合他社に負けないように資金を調達する必要があるのです。
また、集まった資金は優秀な人材を獲得する費用にも使われます。
以前の記事(ボストンのバイオベンチャーへの転職は今からチャンスだ!)でも書きましたが、今はジョブマーケットの競争が激しく優秀な人材を確保するのがとても難しいのです。これら優秀な人材を惹きつけるためにバイオテックスタートアップの給与が高い基準を保てるのは、この多額の投資金が寄与しています。
創薬研究はスタートアップの時代へ
次に創薬研究における研究開発(R&D)のトレンドを見てみましょう。
昔、私は「創薬研究するなら大きな大企業に行った方がいいんじゃ…?」と考えていたのでスタートアップの転職には消極的でした。
しかし、最新のバイオテクノロジーを使ったイノベーティブな創薬研究は大きな企業でなく、小さなバイオテックで活発です。
図2は2011年から2017年にかけて大きな製薬企業でのアーリーステージ創薬プログラムの数を示しています2)。一目でわかりますが、近年は大企業で研究開発プログラムの数は縮小傾向にあるのです(2011ー2017年で24%減少)。
では、この減少した分の研究開発はどこが行っているのでしょうか?
ここで創薬スタートアップの登場です。
図3は2009年から2018年にかけてどこが新しい薬を作っているのかを示したグラフです3)。縦軸が承認された新規分子化合物の数となっていて、これはイノベーションを測る一つの指標になります。
注目してほしいのは、全体を通して “Smaller Biopharma” = “小さなバイオテック“ が多くの承認薬を作り出している点で、例えば2018年では36個もの新薬を作り出しています。
トップ10の大きな製薬企業では9個しか新薬を作っていないので、この差は圧倒的ですね。
また、大きな製薬企業は自社で一から新薬を作っているとは限りません。最近は小さな創薬スタートアップの成功しそうな創薬プログラムを買収して開発を進め、その後自社で臨床試験をする、と言う場合が少なくありません。
この傾向は図3の灰色の折線グラフを見ることでもわかり、”New Drugs Approved that were Initially Developed by Smaller Biopharma” = “最初に小さなバイオテックで開発されて承認された新薬”は明らかに増加傾向にあります。
このように、創薬研究は大きな製薬企業よりもスタートアップで活発に行われているトレンドになっていて、創薬における役割分担が明確化してきているのです。
アカデミアとスタートアップの垣根がなくなってきている
バイオ系研究者であればアカデミア・インダストリーに限らず、Jennifer Doudna博士(左)とEmmanuelle Charpentier博士(右)ノーベル賞受賞者は知っているしょう4)(図4)。
二人の博士は遺伝子編集技術CRISPR/Cas9の発見で2020年ノーベル化学賞を受賞しています。
しかし、二人の博士がCRISPR/Cas9の技術を元に複数のバイオテックスタートアップを作っているのはご存じでしょうか?
Jennifer Doudna博士はIntellia TherapeuticsとEditas Medicines、そしてEmmanuelle Charpentier博士はCRISPR Therapeuticsのファウンダーの一人として会社を立ち上げています。
さらに二人の博士は複数のバイオテックスタートアップのサイエンティフィックアドバイザーとしても活躍しており、アカデミア研究者でありながらスタートアップの応用研究にも貢献しているのです。
これはほんの一例で、現在アメリカの有名科学者の多くはファウンダー、もしくはサイエンティフィックアドバイザーなど、何らかの形でバイオテックスタートアップの研究開発に寄与しています。
最近この傾向が顕著になってきており、今後もこの流れは続いていきそうです。
このように、近年ではアカデミアとスタートアップの垣根がなくなり本当の意味での「産学連携」が成り立ってきているのです。
最後に
いかがでしたでしょうか?
今回の記事を読むことでバイオテックスタートアップの魅力と最近のトレンド、そしてなぜ私がバイオテックスタートアップで働くかがわかっていただけたかと思います。
最後に、今回の記事と関連がある2013年ノーベル生理学・医学賞受賞を受賞したRandy Schekman博士の動画も見てもらえたらと思います。
ちなみにRandy Schekman博士自身もSenda Biosciencesを始めとする複数のバイオテックスタートアップのアドバイザーとして活動されています。
少し前まではバイオテックへの就職はメジャーではなかったかもしれませんが、時代は常に変化しているので私たちもその変化に応じて対策を考える必要があります。
近年の流れを考えて、今後は博士号取得後に創薬スタートアップへのキャリアパスを考えてもよいのではないでしょうか。
ここで誤解してほしくないのですが、私はバイオテックスタートアップ最高!アカデミアのキャリア、ダメ、絶対!と極論を言っているわけではありません。
アカデミアでは自分で一から考えたプロジェクトを自分の好きなペースで研究できる良い環境ですし、アカデミアの限られたポジションを獲得できる卓越した能力は素晴らしいと思います。
しかしその一方でアカデミアのキャリアしか見ないのでは視野が狭くなってしまいます。創薬スタートアップの良い点については私のブログで(この記事を含めて)複数記事にしていますので参考にしてください。(もちろん良い点だけでなく、私も経験しましたがスタートアップは潰れるリスクもあります笑)
また、バイオテックスタートアップに限らず大きな製薬企業でも学ぶことはたくさんあると思います。あるいは、他の全く異なる業種、例えば医師、薬剤師、コンサルタント、ベンチャーキャピタリストなどのキャリアパスもあるでしょう。
自分のキャリアパスを限定する前に、
他にどのような道があるのか?
どのような仕事内容なのか?
何が自分のライフスタイルに合っているか?
などを模索しておくと良いと思います。
博士号を取得した研究者のあなたは、どのようなキャリアパスを描いていますか?
参考文献
- Melanie Senior Nature Biotechnology 39, 408–413 (2021) Biotech bubbles during the global recession
- Nolan M. Bean FEG INSIGHT (2020) Innovations in Biotech for a Long Life and Long-Term Investing
- Heidi Ledford & Ewen Callaway Nature 586, 346-347 (2020) Pioneers of revolutionary CRISPR gene editing win chemistry Nobel