アーリーステージにある創薬スタートアップでは、従業員が少なく、10~20人以下であることも珍しくありません。それぞれの従業員がどれだけ優秀でも、現実的に少人数で創薬研究の全てをカバーすることはとても困難です。
数千人、数万人と従業員がいる大手製薬企業であれば、標的の探索やバリデーション、非臨床試験、製剤化、臨床試験、承認申請、特許の対応、マーケティングと、探索研究から販売まで多岐にわたる作業を全て自社でカバーすることが可能です。しかしスタートアップでは、全く状況が異なります。では、少数精鋭のスタートアップはどのようにして創薬研究を進めているのでしょうか?
そこで登場するのが、創薬研究に必要な業務の一部を引き受けてくれる医薬品開発受託機関(Contract Research Organizations:CRO)です。製薬・バイオ業界では、大手からスタートアップまで、企業の規模に関わらず、CROが研究開発に必要不可欠な存在となっています。
CROの市場規模は成長を続けています。2021年、世界のCROが受託した非臨床試験の市場規模は48億7000万ドル(約6600億円)に上り、2030年には96億7000万ドル(1兆3200億円)に上ると予想されています。私が以前、働いていた創薬スタートアップでも、研究開発費の大部分はCROの費用に使われていました。
私は今、ボストンの創薬スタートアップで働いていますが、米国のみならず、中国、欧州など世界中のCROとやり取りしなければなりません。毎日ほぼ必ず、プロジェクトに関してCROとメールやミーティングなどの形でコミュニケーションをしています。このように、バイオ・製薬業界にとっては身近なCROですが、今回はその選び方について解説したいと思います。
信頼性
1つ目は、最も重要だと考えられる信頼性です。任せた仕事が期限内にできない、データのクオリティや再現性が低い、コミュニケーションが取れない……等々、本来起きてはならないのですが、実際、起きることもあります。
決められたタイムラインの中で、価値あるデータを出さなければならない創薬スタートアップにとって、信頼性に乏しいCROは致命的です。初めてサービスを依頼する場合、そのCROが過去にどんなプロジェクトを経験してきたか直接問い合わせたり、あらかじめ信頼できる業界関係者に評判を聞いたりするなどして、情報収集・バックグラウンドチェックをしておきましょう。
創薬研究向けCROをリストアップしたサイトもあります。ここにリストアップされているCROの中には、私が過去に利用して良かったCROの名前が複数あるので、参考になるかもしれません。ただし、同じCROであっても誰が担当するかでクオリティが変わってくることがあるので注意しましょう。
あらかじめ良い評判を聞いていたのに、実際使ってみると良くなかった……ということもあり、蓋を開けてみると、これまで化合物スクリーニングを担当していた前任者が辞めてしまい、別の担当者が実験をやっていた、なんてこともあります。
CROの評判を聞く場合、社名だけでなく、評判が良い担当者を明確にしておくことで信頼性を確保するのが肝要です。
コスト
2つ目は、次に重要だと考えられるコストです。創薬スタートアップは、限られた資金を効率よく使う必要があるので、現実的にコストも重要です。コストは、CROとの契約内容によって大きく異なりますが、一般的には2タイプに分かれます。
1つは、フルタイム換算(Full Time Equivalent:FTE)と呼ばれるもので、担当者を一時的に雇用する形式です。結果が保証されていなくても費用を支払う契約で、一般的に長期間の契約に適用されます。もう1つは、サービス料(Fee forService:FFS)と呼ばれるもので、あらかじめ決められたサービスやデータの取得に費用が発生する形式です。サービスやデータに応じて支払う契約で、一般的に短期間の契約に適用されます。
どちらの形式にするかは、プロジェクトの目的に応じて決まります。ただ、自分たちではできないような、特殊な技術や経験、設備などを要する実験をCROに委託するケースでは、FFSの方が合っているかもしれません。例えば、自分たちのラボではin vitroの実験しかできない状況で、疾患モデル動物を使ったPK/PD試験がしたいといった場合は、CROとFFSの契約を結んだ方がいいでしょう。
一方で、長期間のルーチン作業、プロトコールが決まっている実験で人手が足りないが、従業員を雇うほどではないといったようなケースでは、FTEの契約の方が合っているでしょう。例えば、単純なスクリーニングをするのに人手が足りない、クローニングや蛋白質発現、精製・結晶化など、博士号を持つ研究者であればできるような作業を委託する場合は、CROとFTEの契約を結んで任せるのも手です。
もっとも、「この場合はFFS」「この場合はFTE」と一概に決めるのは難しいので、実際のところはケース・バイ・ケースです。自分たちにとってどちらがいいかをしっかり考えて契約を結びましょう。
加えて最近では、円安の影響が大きくなってきたので、海外のCROにばかり任せることが安上がりになるとは限りません。日本のCROを使った方がコミュニケーションに日本語が使えますし、比較的安く、高いクオリティーでサービスを受けられる可能性もあります。まずは世界中のCROから見積もりを取って、比較することをお勧めします。
ロケーション
3つ目は、信頼性やコストほど優先度は高くないものの、ロケーションも意外に重要です。ボストンで働いている場合、周りにたくさんのCROがあります。CROにスクリーニングを委託する際、化合物や蛋白質、試薬など、必要なものを送付しなければなりませんが、近くにあるCROなら歩いてサンプルを届けたり、宅配で翌日に届けたりできるので、プロジェクトがスムーズに進みます。一方、海外のCROにサンプルを送付する場合、サンプルによってはドライアイスの手配やインボイスの添付など手続きが面倒だったり、送付自体が遅れたりする場合があるので注意が必要です。
また、海外のCROならオンラインミーティングの時間も考えないといけません。例えば、ボストンと欧州の時差は5~6時間あるので、通常ボストンで早朝の時間にミーティングを入れないといけません。またボストンと中国の時差は12~13時間あるので、ボストンの朝か夜、労働時間外にミーティングをしなければなりません。そして海外には、独自のリスクもあります。
例えば中国では、政府が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染を封じ込めるため、上海など一部の大都市を2022年3月後半から6月前半までロックダウンしました。当然、その間中国では実験ができず、サンプルを送付することすら叶いませんでした。その結果、中国のCROに委託していたプロジェクトは一時的に停止し、データの取得が大幅に遅れました。1つの国に集中してプロジェクトを委託するのではなく、リスクヘッジとして複数の国に分散してプロジェクトを委託するのも重要です。
(1)信頼性、(2)コスト、(3)ロケーション──。少なくともこの3つは、CROを選ぶ際に外してはならないポイントだと言えるでしょう。