シェアラボから自立するスタートアップの移転先探しは楽じゃない

連載(日経バイオテク)

さて、前回のコラムはボストンのシェアラボについて書きました。米国では、創業間もないスタートアップがシェアラボを借りるのは、通常2~3年程度です。その時点までに移転先を考えておかなくてはいけません。

 ボストンで創業したスタートアップが、計画通りの実験データを得ることができ、投資家から資金を確保でき、人材を増やして規模が少し大きくなってきたら、次はどこに移ればいいのでしょうか。今回は私の経験から、バイオスタートアップがシェアラボを出た後の移転先探しについてまとめたいと思います。

移転先として人気のエリアはここだ!

私が以前働いていたスタートアップは、創業してからシェアラボの1つである米LabCentralにラボを構えていましたが、そこから出る半年ほど前から、次の移動先を真剣に考え始めていました。

移動先は、広い実験スペースが確保できることはもちろんですが、研究者ではない従業員のための専用オフィスも備えていなければなりません。ボストンでシェアラボを卒業したバイオスタートアップの移動先として挙げられるのは、ボストンやケンブリッジの中心部やそこに隣接する、(1)East Cambridge、(2)WestCambridge、(3)Boston Seaport、(4)Watertown、(5)Waltham──などのエリアです。

これらのエリアは、バイオ企業がクラスターを形成しており、多くのスタートアップ同士が同じビルに入ったり、隣り合ったりして研究しています。そのため情報交換やネットワーキング、コラボレーションの機会が生まれ、多くの企業がこうしたエリアを求めて移転してくるのです。

 もう少し郊外の(6)Lexington、(7)Natickなどのエリアにも、オフィス付きのラボがあるようですが、私が働いていたスタートアップは、交通の便を考え、中心部に隣接するエリアで移転先を考えていたようです。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)で在宅勤務が増えているとはいえ、実験をする研究者や技術者はラボに通わなくてはならないので、アクセスのよい移転先を探していました。

第⼀候補として挙がるのは、ケンブリッジの東端、East Cambridgeの中でも、バイオ企業のハブとなっているKendall Squareでしょう。私が働いていたスタートアップが入居していたLabCentralもこのエリアにありました。しかし、恐ろしく多くのスタートアップが、East Cambridgeを求めてやってくるため、Kendall Squareの周辺は現在、土地の価格が急激に高騰しています。

 そこで、East Cambridge以外で、バイオ企業がクラスターを作っているエリアに移転するスタートアップも増えてきました。例えば、ケンブリッジの西北に位置するWatertownであれば、再開発が進んでいるArsenal Yardsなどの地域が人気です。Arsenal Yardsは、地元で次のKendall Square(Next Kendall Square)になるのではと噂されており、最近では多くのスタートアップが移転先の第一候補にしているともいわれています。

また、ボストンの南東、海沿いのBoston Seaportも再開発が進んでおり、既に多くのバイオ関連企業が存在しています。最近では米Vertex Pharmaceuticals社が約500人の従業員を雇える34万4000スクエアフィート(sq/ft)もの土地を確保し、Boston Seaportの拠点を拡大すると発表しました。

数人が働くスペースを借りるだけで5000万円超!

では、これらのエリアでオフィス付きのラボを借りると、どれくらいの費用が必要になるのでしょうか──。エリアや時期によっても異なりますが、2022年前半は、1sq/ft当たり75~150ドル程度が相場だったようです。ピンとこないかもしれないので解説しますと、1sq/ftは0.093平方メートルですから、1平方メートル当たり約800~1600ドルといったところでしょうか。

 米国では、面積当たりの年間の賃料(Effective rent)を表示することが⼀般的です。例えば、賃料が130ドル/sq ftと表示されていて、3000sq(約279平方メートル)のスペースを借りるのであれば、130ドルx3000で、年間賃料は39万ドルになる計算です。ちなみに今回は、大雑把に計算していますが、他にも幾つかの細かなファクターがあるので、実際に年間賃料を計算するのはもっと複雑です。

 現在円安が進んでいるので、1ドル130円で換算すると年間賃料39万ドルは日本円で約5200万円という超高額になりますが、これはあくまでオフィス付きラボの賃料だけ。前回のコラムで解説したシェアラボとは異なり、共有機器や研究室運営のサポートなどはついてきません。単に「スペースを借りるだけ」の金額になります。

 実験に使う大型機器などは、引越しする際スムーズに持ち込めるようスタートアップ側であらかじめリストアップしておく必要があります。それらが移転先にフィットするかどうかは、間取りを見るだけでは難しいので、不動産会社にツアーを依頼して、実際のスペースをあらかじめ見学しておくことをお勧めします。

私のブログにも以前書きましたが、控えめに計算してもオフィス付きラボで2人の従業員が働くには、1000sq/ft程度が必要です。つまり、先ほどの例では年間賃料約5200万円を支払い、3000sq/ft程度を確保することで、6人程度の従業員が働ける環境を作ることができます。

これだけ大きな金額ですからオフィス付きラボを提供する側の不動産会社も契約には慎重です。入居するスタートアップが本当に賃料を支払えるのか、バックグラウンドチェックが行われ、場合によってはスペースを確保するために、どのような技術を持ったスタートアップで、どのような投資家からどの程度資金を確保しているかなど、スタートアップが不動産会社にピッチでアピールする必要もあります。

背景には、ボストンには製薬企業やスタートアップなどが多く、同じ場所に複数企業が入居を希望する場合が少なくないため、競争が起こっているという事情があります。大手製薬企業が競争相手だと、無名の小さなスタートアップは契約に至らない……なんてこともしばしば起こります。このような場合に備え、スタートアップは複数の移転先を用意しておくといいでしょう。最終的に、細かな要望があれば不動産会社と交渉し、契約締結となります。

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