米CIC社の日本担当者に聞く、スタートアップ成功の秘訣

連載(日経バイオテク)

マサチューセッツ州ケンブリッジに本社を置く米Cambridge Innovation Center社(提供:CIC)

マサチューセッツ州ケンブリッジに本社を置く米Cambridge Innovation Center社(以下、CIC)は、スタートアップの成長を加速するコミュニティーとフレキシブルに働けるオフィススペース、そしてグローバルネットワークを提供する世界トップクラスのイノベーションキャンパスを運営しています。現在、世界4カ国・8都市に拠点を構え、1999年の創業以来、世界中で8400社超のスタートアップ関連企業や団体が入居しており、2021年までの約20年で、それらの企業がベンチャーキャピタル(VC)などから調達した資金は、約140億ドル(約1兆9000億円)に上ります。

CICでは、イノベーションの創出を通じて社会にインパクトを与えるという信念の下、国内外の様々なスタートアップ、VC、大学・研究機関、政府・自治体、弁護士・会計士などを集め、スタートアップの成長を加速するエコシステムの構築を目指しています。加えて、CICの姉妹団体であるVenture Cafeは、イノベーション・コミュニティーの造成を目的として、毎週木曜日のフラッグシップイベントである、Thursday Gatheringを開催しています。

2020年には、東京都港区の虎ノ門ヒルズビジネスタワーの15~16階(合計約6000平米)に、アジア初となるイノベーションキャンパスであるCIC Tokyoを開設しました。現在では、200社を超えるスタートアップに加え、それを支援する企業や団体などが入居し、日本におけるイノベーション創出の中核として、スタートアップを支援しています。

このように日本でも重要な役割を担っているCICですが、CIC本拠地の米ケンブリッジには、日本チームと連携してイノベーションを促進する部門である「CIC JapanDesk」が置かれています。今回は、そこでシニアマネージャーとして働くJessyLeClair(ジェシー・ルクレア)氏に、自身の役割やCIC Japan Deskの活動、日本におけるスタートアップのエコシステムを構築するために必要なこと、成功の秘訣などについて聞いてみました。

Jessy LeClair(ジェシー・ルクレア) 

米Cambridge InnovationCenter社、Japan Deskのシニアマネージャー。米Williams Collegeにて日本語と生物学の学士号を取得後、米UC Santa Barbaraにて社会心理学の博士号を取得。CICの前職はJapanSociety of Boston(ボストン日本協会)、Table for Two、Kokoro CarePackages、ALLEX Foundation、Aiya Matchaなど、様々な日本関連企業や団体で、異文化コミュニケーションを促進するための広報活動やコミュニケーション業務に携わる。余暇にはファーマーズマーケットを訪れ、地元の果樹園で果物狩りを楽しむ。

CIC Japan deskとその役割について簡単に説明していただけますか。

CIC Japan Deskは、日米間のビジネスの懸け橋となるために活動しています。CICケンブリッジとCIC Tokyoを拠点に、国境を越えたコラボレーションや事業展開を目指す企業に対する実践プログラムや、個別のサポート体制を整備し、日本とボストンのイノベーション・エコシステムを繋げています。Japan Deskの活動としては、日本とボストンのイノベーション・エコシステムの架け橋となるイベントの開催や、CICボストンおよびCICケンブリッジの日系企業・団体コミュニティーのサポートが挙げられます。また、日本貿易振興機構(JETRO)と提携し、日本発のスタートアップの海外展開を支援するアクセラレーションプログラムを実施しています。また、横浜市の米州事務所と連携し、横浜市出身のスタートアップと現地で協働するブートキャンプの開催も、Japan Deskが力を入れている活動の一つです。

私は、2019年にJapan Deskマネージャーに就任しましたが、その時は1人で全ての活動をリードする必要がありました。ただ最近ではメンバーも増え、チームで協力しながら進めています。CICにとって日本は常に重要なマーケットでしたが、JETROと提携してボストンで日本のスタートアップのための集中ブートキャンプを実施して以来、その重要性は一段と高まっています。2022年からは、Japan Deskのシニアマネージャーとして、部門全体を統括し、戦略的な方向性を示す役割を担っています。これらの業務は、他のメンバーの熱意あるサポートなしには成り立ちません。チームには本当に感謝しています。

JETROと連携しているアクセラレーションプログラムとはどのようなものでしょうか。

2018年、Japan DeskはJETROと提携し、ボストンに「JETROグローバルアクセラレーションハブ」を立ち上げました。2020年以降、両組織は共同で、日本のライフサイエンスおよびヘルスケアのスタートアップがボストンや、より大きな米国市場に参入するための準備を行う集中ブートキャンプを運営しています。JETROは、CICがアメリカの医療・バイオテクノロジー事情に精通していること、Japan Deskが日本のスタートアップ企業の米国市場への事業展開を支援・促進する活動を行っていることを評価し、提携を決定しました。

2021年、JETROは日本のスタートアップ企業のグローバル化を加速させることを目的としたJapan Desk主催の12週間のプログラム「スタートアップシティ・アクセラレーションプログラム(Startup City Acceleration Program)」を開催し、参加企業として日本のバイオ・ヘルスケア関連スタートアップ企業10社を採択しました。同プログラムは、国際的なアクセラレーターやエンジェル投資家ネットワーク、またVCなど、スタートアップのエコシステムを構築するトップクラスの企業とともに、日本における強力なグローバルエコシステムの構築を支援することを主な目的としています。

Japan Desk主催プログラムの参加企業

aceRNA Technologies(京都市)
アットドウス(川崎市)
カーブジェン(東京・品川)
セレイドセラピューティクス(東京・文京)
iCorNet研究所(名古屋市)
ジェイファーマ(横浜市)
マイキャン・テクノロジーズ(京都市)
ナティアス(神戸市)
レストアビジョン(東京・港)
ソニア・セラピューティクス(東京・新宿)

CICは、スタートアップやライフサイエンスのハブであるボストンならではの強みを生かし、グローバルなCICコミュニティーと連携して海外展開を加速できるようなプログラムを実施しています。日本のスタートアップは、多様な革新的アイデアや技術力を備えています。経験豊富な投資家や多くのライフサイエンス企業のネットワークがあるボストンのエコシステムは、日本のバイオテクノロジーやヘルスケアのスタートアップ企業にとって、科学的発見を前進させる理想的な出発点となると確信しています。

同アクセラレーションプログラムを立ち上げ、運営するに当たって、苦労したことはありますか。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるパンデミックが大きな課題でした。私がJapan Deskに配属されたのは、パンデミックが始まる数カ月前でした。Japan Deskのプログラムはグローバル展開に重点を置いていますが、スタートアップがボストンに来て直接ネットワークを構築することができず、思うようにプログラムを進めることができませんでした。しかし、それはチャンスでもありました。多くの人がオンラインミーティングに移行しているため、ボストン地域の人々は、海外のスタートアップとのオンラインミーティングにもオープンであるように思えたのです。

私たちはオンラインでの活動という制約の中でも多くのことを成し遂げることができましたが、2022年はスタートアップシティ・アクセラレーションプログラムのBio/Healthcareコホートをケンブリッジに招き、リアルで7日間のプログラムを行えることをとても楽しみにしています。やはり、直接会ってネットワークを作り、ボストンのイノベーション・エコシステムにどっぷり浸かるという体験は、何物にも代えがたいものだと思います。

JETROとの共同プログラムを通じて、日本から来るスタートアップをサポートし、次のステージに進めるよう支援する専門家、起業家、アドバイザー、コーチ、スピーカーなどの素晴らしいコミュニティが出来上がりました。現地での専門知識に加え、グローバル市場を目指すスタートアップが連携するネットワークを構築できたことはとても嬉しいです。今後プログラムに参加するスタートアップにとっても、大きなリソースとなることでしょう。

2020年にCIC Tokyoが開設されて以来、Japan Deskとは連携しているのでしょうか。

Japan Deskはイノベーション創出を目的とした日米の架け橋を作る役割を果たしているため、CIC Tokyoの同僚と常に密接に連絡を取り合っています。CICケンブリッジのJapan DeskとCIC Tokyoは、スタートアップシティ・アクセラレーションプログラムの第2期Bio/Healthcareコホートを共同で開催します。初週はハイブリッド開催され、スタートアップはCIC Tokyoで直接参加し、スピーカーはボストン地域からオンラインで参加する予定です。CICは福岡にも進出することを検討していますが、Japan Deskは、引き続き米国と日本各地のスタートアップコミュニティーをつなぐ役割を担っていきます。

米Genentech社、米Biogen社、米Amgen社など、米国に大きな成功を収めたバイオ企業が多いのはなぜだとお考えですか。

マサチューセッツ州は、イノベーションへの投資と政府、大学、病院、民間企業間の協力的なパートナーシップにより、世界有数のバイオテクノロジー拠点となりました。非営利組織の米MassBioがまとめた最新レポートによると、マサチューセッツ州を拠点とするバイオ企業は、2022年上半期に米国の全ベンチャーキャピタル投資の4分の1を占めています。ボストンとケンブリッジに関しては特に、強力な学術エコシステムとその恩恵を受けた起業家の存在が起因していると思われます。

Massachusetts Institute of Technology(MIT)に隣接し、ライフサイエンス企業やIT企業に囲まれたケンブリッジのケンダルスクエア(Kendall Square)は、「地球上で最もイノベーティブな地区」とも呼ばれています。ケンダルスクエアの魅力は、単に人材に恵まれているというだけでなく、スタートアップから優良企業までが集まり、多様なエコシステムを形成できる環境が整っていることです。CICも、トップクラスのスタートアップや大企業のイノベーションプロジェクトが集まる1つの大きな拠点を作ることを目標に、ケンダルスクエアに設立されました。その他、MassBioなどは、グローバル大手製薬企業とバイオ企業のネットワーク化を促進し、オープンイノベーションにつながる大きな役割を担っています。日本の課題は、アカデミア、スタートアップ、製薬業界の専門家が顔を合わせて交流する機会が少ないために、オープンイノベーションが起こりにくいことかもしれません。

日本には世界ランキングで上位になる素晴らしい大学もあります。今ではCICTokyoもできて、都市部にウエットな実験ができる研究室スペースも増えつつあります。日本においてエコシステムを構築する上で重要なことは何だと思いますか。

日本で強力なエコシステムを構築するには、まず適切なインフラを整備しなければなりません。米国には、スタートアップが気軽に利用できる研究室が街の至るところにあります。例えば、ボストンにはアントレプレナー向けのロボティクスの共有研究室があります。日本には素晴らしい大学や最先端の研究機関がたくさんありますが、イノベーションを引き起こし、産業全体を押し上げていくためには、まずはエコシステムの強みを最大限に生かしていく必要があります。

アイデアの多様性も、健全なイノベーション・エコシステムには欠かせない要素です。これは、まさにCICが日本のスタートアップ企業を支援できる分野です。4カ国・8都市にあるCICのイノベーションキャンパスでは、世界中のスタートアップ関連の専門家や企業との交流が可能です。また、CICの姉妹団体であるVenture Caféでは、起業家、投資家、政府機関の職員までが自由に対話し、自発的なコミュニティーが形成されています。

マサチューセッツ州をバイオテクノロジーの一大拠点に育てた背景には、政府の政策と投資があったことも忘れてはいけません。岸田首相は、2022年を「スタートアップ創出元年」と位置付け、日本政府もスタートアップ振興5カ年計画に取り組んでいることから、日本でも今後、変化が起きることは間違いないでしょう。

最後に、グローバル市場での成功を目指す日本のスタートアップや起業家にアドバイスがあればお願いします。

私から日本の起業家へのアドバイスとしては、「最初からグローバルな視野を持っておくこと」です。たとえ開発の初期段階であったとしても、グローバルな視点を持ち、日本以外の市場も視野に入れて技術を開発することが、スタートアップにとって重要だと思います。

もう1つのアドバイスとしては「リスクを取ること」です。例えば、ボストンへ実際に来て、人と会ったり、質問したりするとよいでしょう。米国に渡る前に全ての準備を整えておきたい、という日本のスタートアップに頻繁出会いますが、時には何も持たず、思い切って飛び込むというリスクを取ることで、大きなチャンスを掴んでほしいと私は思っています。

*Jessy LeClair氏、およびCICより許可を得て掲載しています。

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