拡大を続けるマサチューセッツ州のバイオ・製薬産業

連載(日経バイオテク)

2022年も同様の記事を書きましたが、非営利組織の米MassBioは、2023年9月6 日、マサチューセッツ州におけるバイオ・製薬産業の概況をまとめた「2023 Industry Snapshot」を公表しました。

Industry Snapshotは、MassBioが毎年まとめているレポートで、マサチューセッツ州のバイオ・製薬産業全体の資金調達額、従業員数の推移、創薬パイプラインの 開発ステージ、研究施設の拡大状況など、有益な情報を得ることができます。ちなみに、昨年以前の同時期に発表されたIndustry Snapshotの一部は私のブログ本コラムでも取り上げていますので参考にしてみてください。

マサチューセッツ州では、2008年、当時の州知事がライフサイ エンス産業を発展・維持する取り組みを進めるための新法案に署名しました。こうした州レベルでの取り組みで産業の税制優遇措置などインセンティブを与えており、マサチューセッツ州でバイオ・製薬産業が特に成⻑している1つの理由だと考えられています。

バイオ・製薬企業の雇用者数は増加し続けている

まずは、2022年のマサチューセッツ州におけるバイオ・製薬企業の雇用関連情報 を見てみましょう。マサチューセッツ州にあるバイオ・製薬企業の雇用者数は年々増加傾向にあります(図1)。2022年は前年と比較すると6.9%の増加となっており、過去20年を振り返ると雇用者数はなんと3倍以上に膨れ上がっています。特に、研究開発関連の雇用者数に関しては、2021年の5万9172人から1年で6万4195人にまで、8.5%の増加が 認められ、バイオイノベーションへのコミットメントを反映しています。

バイオ・製薬産業では、研究開発や事業開発、経営に高度な専門知識とスキルが求められますが、その分、給与は比較的高水準です。そこで気になるのが年収。 2022年のマサチューセッツ州におけるバイオ・製薬企業の平均年収は、19万1146ドル(約2840万円)に上っています。

雇用者数トップは2021年に引き続き武田薬品に

次に、企業別の雇用者数ランキングを見てみましょう。2021年に引き続き、雇用者数トップは武田薬品工業で、同社はマサチューセッツ州だけで6000人以上もの雇 用者を抱えています。ただし、2021年、同社の雇用者数は7113人に上っていたので、かなりの人員削減を行なったことが分かります。人員削減を実施した理由の1つは、米Nimbus Therapeutics社から一時金だけで40億ドル(当時の為替レートで約 5400億円)を支払って獲得した経口TYK2アロステリック阻害薬(開発番号:TAK-279)に人員を集中させることだと考えられます。

米Pfizer社と米Moderna社の雇用者数は、2021年と比較して増加しており、それぞれ3012人、4163人となりました。特に、Moderna社は2021年の2290人から倍近くに増加しています。先日発表があったように、米国食品医薬品局(FDA)は両社 の新型コロナウイルスのオミクロン株派生型「XBB.1.5」に対応したワクチンの緊急使用を許可したので、引き続きmRNAワクチンの研究開発、製造の需要が高いことが示唆されています。

米Ginkgo Bioworks社、米Beam Therapeutics社は、2021年のレポートではランキングの対象外でしたが、2022年に突如ランキングしました。バイオプロセスによるモノづくりを手掛けるGinkgo Bioworks社は、同業の米Zymergen社を3億ドル (当時の為替レートで約410億円)で買収。Beam Therapeutics社はPfizer社と、塩基編集プログラムに焦点を当てた提携契約(先行投資で3億ドル)を結んでいます。 こうした動きが雇用者数の増加に関連しているかもしれません。それぞれの企業には、今後も注目していきたいと思います。

現時点の調査ではマサチューセッツ州におけるバイオ・製薬企業全体の雇用者数は11万3994人とのことなので、図2のランキングに入っていない企業全体の総雇用 者数は7万5737人であることが推定されます。

バイオ産業は調整局面を迎えている

マサチューセッツ州に本部を置くバイオ企業へのベンチャーキャピタル(VC)の投資額からは、近年の資金調達の難しさが浮き彫りになっています。2021年の投資額136.6億ドルをピークに、2022年は87.2億ドルと下落しています(図3)。もっとも、それでも日本円で1兆円以上もの資金が投資されているというのが現実です。

2023年は、上期のデータしかありませんが、投資額は33.7億ドルとなっていま す。2022年上半期の投資額51億ドルと比較すると17.3億ドルの減少となっているの で、依然として厳しい調達環境が続いています。2023年上期のみで約100社が人員 整理を行なったともいわれており、私の周りでも「会社が潰れた」「職を失った」 というネガティブな話を聞くことが増えた気がします。個人的な体感としても、ボストンの状況は非常に厳しいのが実情です。

しかしながら、この資金額は米国バイオ産業におけるVC投資額全体の32%に相当するので、産業全体が調整局面を迎える中、マサチューセッツ州のバイオ産業の強さが表れているとも言えるでしょう。

2023年上期までのデータではマサチューセッツ州のバイオ企業に対するVC投資ラウンド数は合計109件となっています。シード資金の平均調達額は1050万ドル、シ リーズAの平均調達額は5780万ドルなので、日本の資金調達額と比べると比較的多くの資金を調達できます。ちなみに、私が働いている米Matchpoint Therapeutics社 は、2022年10月、シードラウンドとシリーズAラウンドの合計で1億ドルを調達したので、平均よりは多くの資金を調達できたみたいです。

VCの資金だけでなく、米国立衛生研究所(NIH)によるグラント(研究費)からも目が離せません。マサチューセッツ州には、米Harvard University、米 Massachusetts Institute of Technologyなどの有名大学はもちろん、それらの提携 研究機関や病院である米Broad Instituteや米Whitehead Institute for Biomedical Research、米Dana-Farber Cancer Institute、米Massachusetts General Hospital (MGH)、米Boston Children’s Hospitalなど、世界トップクラスの研究機関・病院が数多く存在します。これら全ての施設がNIHから得た研究費の合計は、米国全体の研究費の半分以上を占めるため、その割合は圧倒的です。

もちろんNIHの研究費は、アカデミアの基礎研究に費やされるものですが、その成果を基に大学からスピンアウトしてスタートアップが作られるのも事実です。つまり、こうした研究費から生まれたイノベーションが間接的にバイオ産業にも影響を与えているといえるでしょう。

マサチューセッツ州のパイプライン数は日本を上回る

次に、マサチューセッツ州に本社を置くバイオ企業の創薬パイプラインを開発段 階別に見てみましょう(図4)。マサチューセッツ州における創薬パイプラインの数 は合計約2000品目に上り、昨年のデータと大きく変わってはいません。約2000品目 は、米国の創薬パイプライン全体の14.9%を占めており、世界の創薬パイプライン の6.5%を占めています。ちなみに、日本の創薬パイプラインの合計数は約1400品目だそうで、マサチューセッツ州がバイオ産業の中心だと言われるのも納得です。

ちなみに、マサチューセッツ州における創薬パイプラインを疾患領域別にみる と、34%ががん領域、16%が中枢神経系領域、10%が感染症領域となっています。 一方、呼吸器、循環器、皮膚疾患のパイプラインはいずれも2〜3%となっており、 疾患領域ごとにパイプライン数に大きなばらつきがあることがわかります。

研究室及び製造設備スペースの拡大状況

マサチューセッツ州では研究室および製造設備のスペースが年々拡大していま す。2011年には1840万平方フィートだった研究室および製造設備のスペースは、今では3倍以上の6190万平方フィートにまで拡大しました。こうした傾向は今後も続 くと考えられ、少なくとも、2025年末までにはさらに14〜1700万スクウェアフィー トが広がると予想されています。

なお、1平方フィートは約0.093平方メートルです。つまり、2023年時点でマサチ ューセッツ州の研究室および製造設備のスペース(6190万平方フィート)は、約 575万平方メートルなので、東京ドーム約123個分に上ります。これだけ大きな面積の研究室および製造設備スペースがあることからも、マサチューセッツ州が世界一のバイオ産業のハブといわれる理由が分かります。

最近では、Kendallエリアなどを含むCambridgeやシーポートエリアを含む Bostonがバイオ・製薬企業の研究室や製造設備スペースで埋め尽くされてしまい、 そのさらに周囲のエリアへの拡張が本格化しています。MassBioメンバーに所属す るバイオ・製薬企業のデータのみではありますが、多い順に64社がWaltham、58社がWatertown、46社がWoburn、40社がLowell、36社がNatickやWorcesterと、今ではCambridgeやBoston郊外にも多くのバイオ企業が拠点を構えている状況です。

実は、私の会社も今はKendallにオフィスと研究室を借りていますが、2024年には郊外へ引っ越しをするかもしれないので、その際にはまたアップデートできればと思います。

タイトルとURLをコピーしました