こんにちは、創薬研究コンサルタントのボスサラです。
現在、ボストンのバイオベンチャーで創薬ターゲットの選定をしています。
創薬ターゲットの選定はドラッグディスカバリーをする上で一番最初のステップで、どんな分子を標的にすれば良いのかを考えるプロセスです。
この最初のターゲット選定がうまくできていないと、そのターゲットに対してどんなに良い阻害剤を作ってもプロジェクトは失敗に終わってしまうので非常に重要な仕事になります。
プロジェクト失敗の可能性をできるだけ低くするためには、選んだ創薬ターゲットがなぜ良い候補なのか?に対する強い論理的根拠が必要でしょう。
今回は低分子阻害剤の創薬ターゲットを選ぶ際に気を付けるポイントをまとめたので記事にします。
(化合物やターゲットによっては活性化する場合もあるけど、今回は簡略化のため阻害剤と仮定して書いています)
ヒトの病気と遺伝的な関わりがあるか?
興味のあるターゲットにヒトの病気との相関があれば強いエビデンスの一つになります。ゲノムワイド関連解析(GWAS)で特定の疾患と関連のある一塩基多型(SNPs)があれば良いですね。
例えば、以前の記事(私のやっている炎症性疾患の創薬研究について簡単に解説してみた)でもご紹介した、家族性地中海熱(FMF)ではMEFVという遺伝子のタンパク質(Pyrin)をコードする領域に複数のSNPsが見つかっています。
これらはGain-of-functionの変異でPyrinタンパク質を常に活性化させることが示唆されており、炎症を誘導することがわかっています。したがって、この分子を阻害するとFMFの治療薬に繋がる可能性があります。
ただし、SNPと特定の疾患との相関は見つかっても、そのSNPがなぜ、どのように病気を起こすのかが明確になっていない場合が多いので、あくまで一つの指標ということになります。
分子(とそのパスウェイ)が臨床的なデータと接点があるか?
PubMedとGoogleで徹底的に論文を見ましょう。
私は感染症・免疫学がバックグラウンドなのでその他の分野を完全にカバーできているわけではありません。なので他分野の情報は総説(レビュー)論文を見てから把握するようにしています。(レビューを何報か読めばその分野の全体像が把握できるのと同時にキーとなるオリジナル論文があぶり出されてくるので一石二鳥。)
またまた、以前の記事(私のやっている炎症性疾患の創薬研究について簡単に解説してみた)でもご紹介したGasdermin Dを例にしましょう。Gasdermin Dの活性化は炎症性細胞死を誘導するので、様々な炎症性疾患に関与することが多くの論文で示唆されています。
その中でもヒトのサンプルを使った論文からそれら疾患と関連があるデータを集めます。例えば、「ある炎症疾患の患者組織でGasdermin Dが活性化している」ということがわかっていれば、炎症を誘導している一つの重要な臨床的データとなります。
ただし、ヒトのデータでは相関は示しているけど、因果関係までは証明できていない場合が多いことに注意。上記の例では、Gasdermin Dが活性化しているからといって、必ずしも疾患に寄与しているかの証拠にはなってない点です。疾患が起こった結果としてGasdermin Dが活性化しているかもしれませんし、活性化自体は疾患に寄与していない可能性もあります。
論文では細胞やマウスを使ったものが多く、意外とヒトのサンプルを使ったもので強いエビデンスがあるものは少ないことに気がつきます。臨床データは本当に貴重だと痛感しました。
また、Gasdermin Dはインフラマソームと呼ばれるパスウェイの下流分子です。インフラマソームの上流にはCaspase-1、IL-1βやNLRP3などといった分子も存在します。これらの分子がGasdermin Dと同様、炎症性疾患に関与していればインフラマソームのパスウェイ自体が炎症疾患に重要である可能性が高いでしょう(実際、IL-1βやNLRP3は炎症性疾患にとても重要な分子)。
このようにターゲット分子のパスウェイがわかっていれば、その関連分子の情報からより多くのエビデンスを集めることもできます。
分子を治療薬ターゲットにした臨床試験がすでに行われているか?
これがあれば話は早いです。他の会社がすでに臨床試験を行なっているなら、少なくともその会社は何かの病気を治せると信じてやっているはず(笑)。
ググっても良いですが、ClinicalTrial.orgのサイトに行ってどの会社がどのような臨床試験をしているか探すのが手っ取り早いです。Best-in-classの創薬ターゲットであれば特に深く調べても良いでしょう。
臨床試験がどのフェーズで、阻害剤がどのような疾患に適応されているか、場合によっては臨床試験が中止になった、など重要な情報が手に入ります。
もちろん、ターゲットによっては臨床試験をやっていない場合があるのでその際は仕方ありません。
動物モデルでのデータはあるか?
モデル動物でよく使われるマウスなどのデータも参考になります。
例えば、「ある特定の遺伝子をノックアウトしたマウスでは普通のマウスと比べて特定の病気になりにくい」などのデータがあれば、その遺伝子産物であるタンパク質を阻害すると特定の疾患を治療することができるかもしれません。
もう一度、以前の記事(私のやっている炎症性疾患の創薬研究について簡単に解説してみた)で登場したGasdermin Dを例にします。Gasdermin Dを欠損したマウスは敗血症やFMFなどの炎症性疾患に対して耐性であることがわかっています。
これらのことから、Gasdermin Dを阻害すれば(少なくともマウスでは)これらの疾患を抑えることができる可能性があります。
しかし、当然マウスとヒトでは異なるのでマウスで見られた結果がヒトでも同じように見られるかどうかは確実ではありません。
また、ノックアウトマウスでは特定の遺伝子が欠損しているので100%阻害がされている状態ですが、低分子化合物などで治療した場合(=部分的な阻害)とは異なるのでデータの解釈に注意が必要です。
もしもヘテロノックアウトマウスを使ったデータがあれば“50%阻害がかかった状態”と近いのである程度参考になると思います(あまりデータを見ないけど…)。
競合他社はいるのか?
臨床試験が始まっているものは3でも記載したClinicalTrial.orgでも競合他社を調べることができます。
しかし、Pre-Clinical段階の会社はググって地道に探すことも必要になります。場合によってはプレスリリースや学会発表などの情報が落ちています。
また、ホットなターゲットであればNature Review Drug Discoveryなどの論文で、そのターゲットに対してどの会社がどのような薬を開発しているかをまとめている場合もあります。
競合他社がいる場合、その会社とどの点で差別化ができるかを考える必要があります。
ターゲットにした場合のリスクは?
全ての薬には副作用があります。もしターゲットに対する治療薬ができたとすれば、治療効果以外にどのような副作用、デメリットがあるかを考える必要があります。
しつこいですが、以前の記事(私のやっている炎症性疾患の創薬研究について簡単に解説してみた)で紹介したGasdermin Dを例にあげてみましょう(笑)。Gasdermin Dは免疫・炎症反応に関わっているため、生体の防御機構に重要な分子です。実際、Gasdermin Dを欠損したマウスは、特定の細菌感染にかかりやすくなることがわかっています。
つまり、Gasdermin Dの阻害剤は様々な炎症性疾患の治療薬になる可能性はある一方で、免疫反応を抑制しすぎてしまう可能性もあるのです。
また、Gasdermin Dは2015年に機能の詳細が明らかとされた分子です。まだバイオロジーも発展途上でわかっていないこともたくさんあります。Gasdermin Dが機能するための新規メカニズムやGasdermin D以外にリダンダントな機能を持つ分子(Gasderminファミリー分子なども含めて)が後々明らかとなるかもしれません。
「これらのリスクをとっても創薬ターゲットとして適切かどうか?」を考える必要があります。
適応疾患の市場規模は?
この項目はサイエンティストよりはビジネスディベロプメントに携わる人の仕事かもしれません。
「もし治療薬ができればどの程度の価値を生み出せるか?」ということにつながります。
例えば非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)は30億ドル程度の市場規模なので、治療薬を作ることができればビジネスとして十分成り立ちます。
しかし極端な話、世界に10人しか患者さんがいないレアな疾患なら製薬会社は利益を生み出すのに苦労するでしょう。(薬の値段によっては不可能ではないかもしれないけど、ストラテジーが必要)
最後に
いかがでしたでしょうか?
完璧ではないかもしれませんが、創薬ターゲットを選定する一つのフレームワークとしては使えるかと思います。
1-4までの情報があれば、「ターゲット分子xxxを阻害するとyyy疾患の治療に効くかもしれない」という治療薬を作る際の仮説を立てることができます。もちろん情報源のエビデンスが強ければ強いほど、仮説の質が高くなるので良いターゲットを選定できることができます。
情報源の生データは実際に論文をよく見て精査しなければならないので時間がかかりますが、サイエンティストには良い勉強になります。
読者の方からも、こんなところ見た方がいいよー!など、ご意見があればお問い合わせからどーぞ。
ということで、今日はここまで。
それでは良い週末を!