スタートアップが科学諮問委員会を持つ3つのメリット

連載(日経バイオテク)

日本貿易振興機構(JETRO)とCambridge Innovation Center(CIC)は、日本のスタートアップを対象にアクセラレーションプログラムを運営しています。私が以前、同プログラムのメンターを務めていた際、気になったことがあります。それは、多くのスタートアップにサイエンティフィックアドバイザーがいなかった(いても少ない)点です。日本のスタートアップのテクノロジーは素晴らしく、経営陣には経験豊富な方々が集まっている場合が少なくありません。しかし、サイエンスに関する方向性を検討するサイエンティフィックアドバイザーが欠如していることに若干の違和感を覚えました。

ボストンに限らず、米国のバイオ系スタートアップの多くは、社外の専門家やアカデミアの研究者と契約を結び、サイエンティフィックアドバイザーとしてその企業のチームに迎えることが一般的です。前回の記事では、ボストンのバイオ・製薬業界において、アカデミアの研究者がいかに活躍しているかをご紹介しました。今回はその関連として、日本のアカデミアのシステムにはあまり見られない、サイエンティフィックアドバイザーの重要性について考えてみたいと思います。

サイエンティフィックアドバイザーは、その人数や組織の成り立ち方によって、科学諮問委員会(Scientific Advisory Board:SAB)と呼ばれることもあります。SABのメンバーは、一般的にキーオピニオンリーダー(Key Opinion Leader:KOL)、つまり、特定の分野でのプロフェッショナルから成り立ち、アカデミアの教授や病院の臨床医、企業の役員などの重要人物である場合がほとんどです。これらの方々の専門知識、経験を基に貴重なアドバイスが得られるので、各スタートアップに応じた人物を迎えることで、効率的に仕事を進めることができます。

あの中伸弥教授もサイエンティフィックアドバイザーに

ボストン界隈では、マンモスの再生を手がけていることで有名な米HarvardUniversity(遺伝学)のGeorge Church教授、TIME誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれ、老化研究で有名な Harvard University(医学部)のDavidSinclair教授、切断を必要としないゲノム編集技術「Prime Editing」の開発者である米Broad InstituteのDavid Liu教授など、バイオ系スタートアップのサイエンティフィックアドバイザーとして活躍している研究者を挙げればきりがありません(サイエンティフィックアドバイザーと同時に自らが創業者となっている場合も多い)。

また、2012年にiPS細胞の発見でノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥教授も、サンフランシスコのベイエリアにある米Altos Labs社という、アンチエイジング研究に力を入れるスタートアップのシニアサイエンティフィックアドバイザーとして活躍されています。このように、グローバルの視点で見ると、サイエンティフィックアドバイザーの存在はとても一般的で、多くのスタートアップの成長に貢献しています。

スタートアップにとって、SABを持つことのメリットの1つは、社内でのサイエンスの方向性を示してくれることです。SABは、特定のテクノロジー、サイエンスに関する専門家なので、社内で得られたデータで疑問な点についてアドバイスを得ることができ、今後のステップを明確化することができます。また、同じデータでも解釈の仕方は研究者ごとに異なるので、社内の人間では全く見向きもしなかったデータに関して、新たな可能性を見いだしてくれる場合もあります。

また、SABを通してサイエンスに関する最新情報が手に入るというのもメリットの1つです。KOLは彼らのコミュニティーで常に最新の情報を得ているので、論文や学会の最新データの中でも、そのスタートアップにとって重要な情報やホットな話題を提供してくれます。さらに、SABによっては、学会発表や論文投稿前の未発表データをシェアしてくれる場合もあります。こうした情報は非常に有益であり、かつ速報性があるので、最新情報を基に臨機応変に決断をしないといけないスタートアップにとって、SABは無くてはならない存在です。

さらに別のメリットとして重要なことは、SABの存在がスタートアップの価値を上げるという点です。別の表現をすれば、スタートアップのチーム内にどのようなSABメンバーがいるかが、投資家から資金を受ける際の評価基準になっているということです。SABは創業者、社内メンバーなどと同じくスタートアップのチームの一員として機能します。「ヒト」が資本となるスタートアップのチームに、有名なSABが入っていれば、スタートアップの信頼性が高まり、ベチャーキャピタル(VC)の評価にも影響するのです。実際、スタートアップが資金集めをする際のピッチスライドでも、どのようなSABがチームにいるかを宣伝するのが一般的です。このように、SABには多くのメリットがあるのです。

実際、私が過去に働いていた創薬スタートアップでは5人のサイエンティフィックアドバイザーがいて、彼らとは定期的に(月に1回程度)ミーティングをしていました。そして、社内で得られたデータに関してディスカッションすることで、上述したようにスタートアップの方向性を示す重要なフィードバックを毎回得ることができました。当然、私を含めて社内の人物もサイエンスに関する知識はありますが、知識・経験豊富なSABからは、常に新しい情報やアドバイスが得られてとても刺激的です。スタートアップと関連のあるプロジェクトであればサンプルの分与、また、彼らのネットワークを通じて共同研究者を見つけ出すこともありました。

これだけ重要なSABですが、もちろんSABを持つことのデメリットもあります。

1つはコストがかかる点です。SABとのディスカッションは無料ではなく、個々のアドバイザーに対してコンサルタント費用を支払う必要があります。通常、法外な値段ではありませんが、複数人アドバイザーがいる上、頻度が多くなると、支払う金額もバカにはなりません。また、SABはスタートアップのメンバーとして扱われるため、通常はストックオプションの付与も考えなければなりません。

もう1つのデメリットとして、サイエンティフィックアドバイザーが協調的な人物でない場合、時間とお金の無駄に終わってしまう可能性があることです。これはヒトを雇用するという意味では誰にでも当てはまることですが、個人によっては契約だけして仕事をしないといった事態も起こり得ます。ノーベル賞受賞者など超有名SABの中には、忙しくて時間がないという理由から、特定のスタートアップのために熟慮する時間がない、という人物もいるでしょう。 そうしたサイエンティフィックアドバイザーは、チーム紹介のスライドなど見た目をよくすることはあっても、実践的にはあまりプラスにならないことが多く、コストがかさむだけの場合もあります。そのため、アドバイザー契約は1年ごとに更新するなど、いきなり長期的に契約しないようにするのが良いでしょう。

前回の記事でも触れましたが、日本ではアカデミアのシステムの構造上、著名な教授とのコラボレーションが難しいというのが現状かもしれません。しかし、研究者の中にはビジネスにも関心がある人物がいるのも事実です。今後、日本の創薬スタートアップがグローバル市場への進出を考えているのであれば、アカデミアの優秀で理解のある研究者と協力してチームづくりをすることを視野に入れても良いのではないでしょうか。

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